「信じられない」のが当然で、ひとつの「道」しか選べないのだから。

話を聞いただけでは、「信じられない」のが当然です。

 

むしろ、そんな話を信じてしまうことのほうが「嘘」だと思っています。

目の前で「確認」したわけではないのに、目の前で「見た」わけでもないのに、

信じるほうが「嘘」だと思っています。

 

それが普通なんです。

だから私は、使ったことを誰にも言わなかったのです。

 

「そんな方法で変わるわけがない」

と、思う人の考えが影響して「効果」が減るのが嫌だったから。

「ビジュアルフォーカシング」の成功例を一度も見たことのない人の

「思い」に邪魔されると思ったから。

 

自分が見たこともないことを、簡単に信じろというような話は

していない。

 

ですから、ビジュアルフォーカシングを使える方は、

「可能性」として、捉えてみてください。

使って効果を感じている方は「信じる」ではなく

「確信」になってきているはずですから。

 

もしくは、

ビジュアルフォーカシングやエモーションフリーの「実績」が、

あなたの目の前にあるのならば、

きっとこの話に「共感」できることでしょう。

 

 

だって「未然に防げた」証明なんて、誰にも出来るわけないのです。

やらなかった・使わなかった「結果」は、見ることが出来ないのです。

それでも良いと言えることなんです。

 

そんな「証明」をしたかったわけではないから

今まで誰にも言わなかったのだから。

 

「結果」さえよければそれで良かった。

「結果」さえ最善であるのならば

その前になにをしたのか?

は、どうでも良かったんだ。

 

ただ、

自分の願いをかなえるために

「祈った」ようなものだ。

ただ、それが叶っただけのこと。

 

権威ある大学病院の先生の予想を、叶えたくなかった。

ただ、それだけのことなのだから。

 

 

医学も化学も「結果」でしか証明は出来ないのは当たり前です。

その前にアプローチが出来るなんて、誰にもわからないし証明をすることも

出来ないのです。

 

 

しかし、

もし誰かの「参考」になるのであれば、

それでいいかな。

と、思います。

 

 

私の母は70代です。

それなりの年齢ではありますが、毎日元気に生活をしています。

とはいえ、健康診断などで「身体のチェック」を怠ることはありません。

 

ある日、

凄くひどいわけではないけれど「頭が痛い」ということで、

いつもの病院で「検査」をしました。

 

すると、

もっと大きな病院へ紹介状を書くから…。

大学病院に行ってもう一度検査をしてみてください。

と言われた。

 

 

いつも元気なさすがの母でも私に

「癌かもしれない」

「一緒に病院に行って先生の話を聞いてくれる?」

と、怖がっていた。

 

 

母の顔のレントゲン写真には、

すごく不自然に、右側の頬のあたりに

卓球のピンポン玉サイズの「真っ白い影」が映っていた。

目の下のあたり。

場所で言うなら、「副鼻腔」というところだった。

 

お医者様の話では、

「悪性かどうかもわからない」

「もし、膿であるならば、鼻の穴から吸い取るだけの簡単な手術にはなるが、

この影の状態からすると、腫瘍であろう」

「口の中から皮膚を剥いで取り出すことになる」

「その後に悪性かどうか検査をする」

という話だった。

 

「手術」というのは、どんなに簡単だと言われても、麻酔を使い

辛く・痛い事に変わりはなかった。

ましてや、8時間の手術。

しかも、口の中にメスを入れ顔の皮膚を剥ぐと言うのだ。

術後も大変になってくる手術だった。

 

私は、その日から家族に詳しく話したことのない「ビジュアルフォーカシング」で

祈るように、

毎日、毎日、「母の白い影」にアプローチをした。

 

そして手術当日。

私と兄・姉。そして母の姉妹たちが、

手術室に母を送り出し母が出てくるのを待っていた。

 

すると

8時間と聞いていた手術が、2時間で終わったのだった。

 

先生の話だと、腫瘍ではなかったため、鼻の穴から吸い出すことが出来た。

と言うのだ。

一番簡単な方法で終わったのだ。

先生の見積もりが間違っていた。

誰もが安心して喜んだ。

数時間後に目を覚ました母も安堵していた。

 

翌日は、まだ「痛み」は残っていたものの。

鼻血の止血だけで済み、そのまた翌日には「元気」になっていた。

 

その時の

母の心配はと言うと、「保険」だった。

「保険」が、適用される日数に満たすことなく退院してしまうかもしれない?

 

しかし、入院していた日数は先生に頼んだわけでもなく

母の思惑通りになった。

「傷」は軽度で済みながら、「保険」で入院費用もまかなうことが出来たようだった。